旅7日目 5月11日

8時半ごろホテルを出発、まず熊本と言えばの熊本城に行った。
熊本城は1607年、加藤清正が築城。明治時代の西南戦争で焼失。
現在の城は昭和35年再建されたもの。



↑熊本城(熊本市)

天守閣では修学旅行生の団体さんがひしめいていた。
しかたないのでちょっと間をおいて登城。
城内は工事中でのっぽなクレーン車が作業をしている。
お城を降りると、さっきまでの騒々しさがウソのように人もまばらになっていた。


天守閣からの眺め  城内は激しく工事中




熊本城からさっき出たホテルの近くまで戻った。
ホテルの近くに「黒亭」という熊本ラーメンの名店がある。
4年前にもここで食べたが、以前と変わらずまいうーでした。


↑熊本ラーメンの有名店(熊本市二本木)

熊本市から国道445号を走る。
上益城郡嘉島町を通り御船町へ。
このあたりから徐々に山間へと入っていく。

御船町を越え矢部町通潤橋に到着。
通潤橋は1854年にできた水路橋。
テレビや写真でよく放水シーンを見るが、この日はやってなかった。
通潤橋を通る水路は、今もかんがい用として現役で使用されている。
通潤橋の手前には道の駅ができていて、ドライブ途中に立ち寄った人たちで賑わっていた。



↑通潤橋 1854年竣工(矢部町:熊本)


↑通潤橋の上部 フェンスも無く、結構スリリング

矢部町から国道218号で隣町の砥用(ともち)町へ。砥用町の中心部少し手前に「霊台橋」がある。
こちらは水路橋ではない。1847年に出来てから1960年代まで、砥用町民の主要道の一部として使われていた。
国道だった頃は大型車も走っていたというから驚き。



霊台橋 右は国道218号線(砥用町:熊本)



↑霊台橋の下を流れる緑川は、この先ダム湖になる


霊台橋を過ぎ、国道445号に移る。道幅が急に狭くなった。
この付近の445号は集落の中を、完全1車線で抜ける軒先国道。
集落を過ぎると、道は二本杉峠を目指してぐんぐん上っていく。



↑国道445号は二本杉峠までずっとこんな道(砥用町)



↑445号沿いにあった七郎次水源  地元の人が汲みにきていた(砥用町)


途中、七郎次水源という湧き水で喉を潤しつつ、二本杉峠に到着。
峠の茶屋で観光パンフをいただき、五家荘(ごかのしょう)まで行けるか尋ねる。
途中、工事通行止の看板が出ていて不安だったが、今日は通れるとのこと。良かった。


↑二本杉峠 いきなり立派な道が現れた(砥用町、泉村境:熊本)

広くなったり狭くなったりと落ち着かない国道を途中でそれ、一段と険しい山道に入る。
この先が五家荘集落。
五家荘は、平家の落ち武者が拓いたと言われる秘境。
日本で「秘境」と落ち武者はセットのようなもの。お隣宮崎の椎葉村もそう。



↑五家荘 樅木集落(泉村:熊本)

五家荘とは椎原、仁田尾、樅木、久連子、葉木の5集落の総称。
川沿いにかやぶきの家があって、おばあちゃんが洗濯物を取り込んでいた、あの集落はどれだったんだろう。
日本昔ばなしにでてくるような懐かしい風景が、ここには残っている。

観光バスが狭い山道を走り抜けていった。
五家荘には山を拓いてつくった、「平家の里」という観光施設がある。
そこにいくのだろうか。



↑五家荘の道路からの風景

五家荘から国道445号に再び出て、五木村を目指す。
五木村は「五木の子守唄」で知られる人口1500人の村。
僕は「五木の子守唄」のなんとも物悲しいメロディが好きだ。


この五木村がまもなく消えてしまう。
村を流れる川部川にダムができ、中心部が完全に水没する運命にあるのだ。

村の中心部、頭地集落に到着。

・・・遅かった。

建物は旧役場とごく一部を除き解体され、昔の町並みは完全に無くなっていた。



↑五木村旧頭地集落跡 左の建物は旧役場庁舎
道は国道445号(五木村:熊本)


昨年末から代替地への移住が進んでいたことは色々なHPで知ってはいたが、
ここまで跡形がなくなってたとは・・・。
数十年前に計画されたダムを今造ることが、果たして正しいのだろうか。
しかし、「正しくないから計画は白紙に!」と言えるか?
岐阜の旧徳山村もそうだが、
何十年も国の一方的な建設計画に振り回されてきた住民の心労は、はかりしれないものだったと思う。
いまさら、「ダムは要りません」と白紙になったとして、村の人はなんと言うだろうか。
僕にわかるのは、何百万年もかけて育まれてきた広大な自然と、
何百年もの間代々築いてきた五木の歴史、そして古き良き日本の原風景が確実に姿を消すということ。


以下の写真は全て水没地域。



↑旧「五木村役場」前のバス停



↑頭地橋と川辺川



↑家屋があったらしき場所は荒れるにまかせていた



↑頭地橋 県道25号



↑ダム工事は既に始まってるが、水はまだ澄んでいた



↑右手に五木東小学校があった(?)



↑お寺?寄り合い所? なぜか解体は免れていた



↑この立派な巨木はどうするの?やっぱ切られちゃうのか



↑旧国道は工事車両が通るぐらい



↑この先(写真手前)で旧道と新道は合流する



↑新頭地集落(移転用代替地)と国道445号の新道
右が旧頭地集落



↑代替地から沈む旧集落を望む


代替地に建てられた真新しい役場で、村勢要覧をいただいた。
それには、もう二度と見ることのできないかつての村の写真が載っていた。

今年、新道にオープンしたばかりのお土産屋さんに立ち寄る。
「五木の子守唄」の歌詞が書いてある手拭いと、2001年、廃校前の五木東小学校で開かれた
「五木の子守唄」演奏会のCDを買い、村をあとにした。
ダム工事のため改良された445号線を快走しながら、
買ったばかりのCDを人吉市までずーっと聴いていた。
おかげで今、この曲を聴くと五木村ではなく、この道の景色を思い出してしまう。

「五木の子守唄」ここで聴くことができます


445号は相良村を抜け人吉市に入る。人吉市は人口約39000人。
球磨川沿いの町村の中心都市で、小京都にも指定されている。



↑人吉城跡(左)と球磨川(人吉市:熊本)

人吉城跡を見て回ると、日も落ちかけてきた。
本屋さんで、どこかイケてる食堂はないかとタウン誌を読む。
おいしそうなラーメン屋さんが載っていたので、そこに決めた。



「天琴」 ラーメン大盛り500円まいうー(人吉市)


人吉から国道221号で宮崎県えびの市に向かう。
人吉ループ橋
で目を回しつつえびの市に到着。
以前えびの市で1泊したことがある。地方の小都市。
今回はサクッとスルーして小林市へ。
小林市で大型の古本屋に立ち寄る。中古ビデオコーナーで掘り出し物発見!
「キートンの探偵学入門」500円 これは即買い!
僕は旅の途中古本屋を見つけるとよく入る。探すのは地方限定の郷土本と中古ビデオ。
今回の旅でもかなり買い漁ってしまった。



↑都城市にて 国道10号線(都城市中町:宮崎)

小林市から高原(たかはる)町、高崎町を経て都城市へ入った。
221号線は九州西部の大動脈国道10号と合流。
途中道の駅を発見。今夜はここで寝るか。でもその前に小腹が空いたぞ。
いったん市街まで走って「ジョイフル」に入る。
そしてカレーを食べつつ旅の記録を手帳に書く。
これ、過去にいった旅の出来事結構忘れちゃってたから、今回は毎日記録をつけよう!と思いつつ、
書いたのはこの日が初めて。で、結局この日が最後となった。ダメだなぁ。
いまも半年前の旅の記憶を頼りにこのHPを作ってるんだけど、
面白かったこと、もっとたくさんあったのにやっぱり忘れちゃってる・・・。
ちなみに「ジョイフル」は九州にはメチャメチャある。特に南九州には相当な田舎にもある。しかも24時間営業。
大分県に本社があるそうだ。
店を出て、10号線を少し戻り「道の駅都城」で1泊。

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